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童話「真っ赤なトムの背に乗って」

ちょっと長編です。瀕死の赤とんぼトムと出会ったサーヤとリックの姉弟が繰り広げるファンタジー童話です。トムは永遠の赤とんぼになるために、人間の思いやり溢れる涙が必要でした。それは、誰から享けるのでしょうか?童話中で言及はしませんが、カナダの秋の日々の美しい夕焼けの空を舞台にしています。

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真っ赤なトムの背に乗って

童話の宝石箱の真っ赤なトム

  ~トムとの出会い~

秋雨のあがった夕暮れ、
褐色の落ち葉に包まれた赤とんぼのトムと
サーヤが出会ったのは一週間前でした。
薄いガラス細工のような透ける羽を濡らしてしまい、
ビクッとも動かなくなっていたトム。
サーヤは、落ち葉のままトムを手のひらにのせて
家に持ち帰りました。

暖炉の前の柔らかなクッションの上に置き、
羽が乾くのを待ちました。
トムは少しずつ羽を震わせ始めました。
暖炉のくゆる光に照らされた
細い赤とうがらしのような体に、
温もりが伝わっているようでした。
サーヤは顔を近づけ、静かに、
「だいじょうぶ?」
とたずねてみました。
トムは、生死の境をさまよいながら
『生きて・・もう一度空を飛びたい!』
と闘っていました。
消えかけた炭火のような命の力にもかかわらず・・
トムは必死に羽を二度ばかり、
パサッ!パサッ!と閉じて,また開いて見せました。
自分を助けてくれた、サーヤへの感謝を表す
精一杯の答えでした。
「そう、よかったわねぇ」
サーヤは安心して自分の部屋に戻り、
ベッドに就きました。

そして、
朝の光が暖炉の部屋に射し込み始め・・
トムの赤い体を目覚めさせます。
赤とんぼトムが一命を取りとめたその朝、
サーヤの弟でいたずら好きなリックが早起きして
部屋に入ってきました。
灰だけになっている暖炉を見ると、
「チェッ!」と、一言。
まだ雪の季節ではないので夜だけ、
焚かれているのです。
残り火を期待して寄ってきたリックは
がっかりしたのでした。

しかし、戻ろうとして振り向いた時、
「おやッ!」
クッションの上に、赤とんぼが
とまっているではありませんか。
リックのいたずら心が、
風船のようにふくれ上がります。
すぐに飛ぶ事が出来ないでいるトムを、
がむしゃらに片手でつかみ、
ニヤニヤしながら眺めているうちに友達の話を
思い出しました。
『とんぼの羽をもぎ取ると、とんぼは
歩くようになるんだよ!』
という話です。
リックは
「フッフッ!」
と嬉しそうに笑いながら部屋の中をくるくる
走りまわり、はさみを捜し出しました。
そして、何という事でしょう。
もがいているトムの四枚の透き通る羽を、
根元から切り離してしまいました。
それから、トムをテーブルの上に置き
歩き出させようとして人差し指でせかしますが、
無駄と知って、
「チェッ!」と、一言。
そのまま部屋を出て行きました。

入れ違いにサーヤが、トムの様子を見に来ました。
すぐに、テーブルの上の無惨なトムの体をみつけて
「いやーッ!」と叫び、泣き出してしまいました。
サーヤは、泣きながらトムの羽を捜しまわります。
部屋中に舞い散っていた四枚の羽の全部をそっと
拾い上げ、トムと羽を見比べては、また泣きました。
サーヤの涙は、テーブルの上にぽとぽと落ち、
その一しずくが痛ましいトムの体を
濡らしてしまいます。

それに気がついたサーヤが、
あわてて涙を拭こうとしたその時です。
まぶしい七色の光が、
あたりにパッ!とひらめいたと思ったら、
赤とうがらしの実のようなトムの背中から
少しずつ羽が生え出てきたのです。
サーヤが目をパチクリして見ていると、
それはどんどん伸びて最初より美しいダイヤのように
輝く四枚の透ける羽が、揃ったのでした。

童話の宝石箱の真っ赤なトム

サーヤが、息を止めてじっとトムをみつめていると
トムの大きなくりくりの目が動き、
突然ささやくような声で話しかけてきたのです。
「サーヤさん、ありがとう!わたしはトム。
あなたの優しい涙を一しずくもらったので
わたしは、永遠の赤とんぼ・・
ふしぎな力を持つ死なない赤とんぼになることが
出来ました!。」
驚きの連続でとまどっているサーヤに、
トムは赤とんぼの世界で大昔から伝わっているという
不思議な希望を話し始めました。
落ち着いた優しいトムの声が、
ゆったりとサーヤの気持ちを静めていきます。
サーヤは、トムの語る不思議な話にどきどきする胸を
おさえて聞き入ります。

トムが語り始めます。
「大昔から赤とんぼの私たちは、
人間を害する虫達を食べるという使命を果たして
生きるのです。
そして、その人間達からの報いを手に入れるならば、
『永遠の赤とんぼ』死なないとんぼになれるのです。
その報いとは
『一しずくの涙』です。
赤とんぼは、
それを希望に生きています。
百年ほど前までは、人間の大人も子供も優しさや
同情心があったので・・毎年大勢の赤とんぼが、
寒さに震えている時も瀕死にあってる時も、
『優しいひとしずくの涙』を頂いて、
希望をかなえて来ました。
その赤とんぼ達は年毎に初雪の前に、茜(あかね)曇の
夕焼けの国に集められ、また翌年、飛んでくるのです。
夕焼け空に舞う赤とんぼの群れは、
人間の優しさを表わす秤(はかり)なのです。

でも、最近は、人間の思いやりが込められた涙をもらえる
赤とんぼの仲間が少なくなってしまいました。
ですから、
私トムは滅多にない報いをサーヤさん!
あなたからもらったのです。」
トムは語り終えました。
そして、さみしい声で最後にぽつんと言いました。
「人々の・・心の優しさや思いやりが
薄れてきているので
夕焼け空に舞う私たち赤とんぼは、増えないのです。」

サーヤは、哀しさに胸がチクチクしました。
弟のリックが、トムにした事を思い出したのでした。
「サーヤさん、弟のリックくんについては
私に任せて下さいませんか」
トムが言います。
「えっ!」とサーヤ。
「あなたの心を読みました。リックくんは本当は
優しい子なのだけど・・大のイタズラ好きなのですね」
とトム。
「そうなの。弟を許してね、トム!
弟は、あなたにお任せするわ」
「大丈夫、心配しないで。さあ、お出かけ下さい」
トムに促されてサーヤは学校に行きました。

  ~小人になったリック~

その後にリックがまたしても
暖炉の部屋に入って来ました。
トムを見るなり
「あれっ!もう羽が生えてらー」
と言いつつ、部屋の中を物色し始め
長い青い糸をみつけ、満足げにトムに近づいてきます。
トムはじっとして動きません。
リックの手が、トムの赤い尻尾に糸の端っこを
結びつけました。
トムをグライダーのように飛ばし、糸で操る
つもりのようです。

嬉しそうに、もう一方の端っこを握った途端!
青い糸がピーンと張り出しました。
リックはびっくりする間もなく、
自分の体が突然小さくなったのを感じました。
何とリックの体は
一センチにも満たない豆粒のようになって
しまったのです!
そして次の瞬間、
体が空中に浮いたのでリックは驚き慌てます。
今や、綱のように太く見える
青い糸をしっかり握り締めました。
赤とんぼトムが、フワっと飛び、
窓から空へ舞い上がったのでした。

小さくなったリックは、
トムの尻尾に結んだ糸にぶら下がったまま!
青空へ舞い上がっていきます。
「助けてーッ!」とリックは叫びます。
吊(つ)られたまま泣き続けるリックが目を上げると、
赤とんぼトムが見えます。
今や、リックの目には大きな赤い飛行機のようです。
恐怖で下を見る事もできないリックは、
目をしっかり閉じてしまいました。
そして、トムが右に旋回すれば
「ぎゃあー!」と叫び、
左へ旋回すると
「うぇーん!」
と泣き騒ぎます。
それでも、トムはメープルの林の上を静かに静かに
飛び続けます。
飛びながらトムは、リックに話しかけます。
「怖いですか?リックさん!」
「怖いヨー!たすけてー!」
「では、一つだけ約束してくださいますか?」
「うん!うん!」
「これからは、とんぼはもちろんですが、
人にも生き物にも優しくしてください!」
「やくそくするヨー!だから・・ウェーン!」
泣きじゃくるリックを、尻尾に吊り下げたまま
ゆっくり右旋回します。

やがて、静かに家の窓に飛び込みます。
部屋のテーブルの上に、トムが着地した途端、
リックの体は、もと通りになり
「ズシンッ!」と床に尻もちをつきます。
涙でグシャグシャ顔のリックは、
それでも立ち上がります。
そして、トムの赤い尻尾に結んだ青い糸を
優しく解きました。
涙も拭かずじっとみつめるリックの瞳は、
もはや!いたずらっ子の目ではありませんでした。
トムは大きな眼でそれを確かめます。
「リックさん、ひもを解いて下さってありがとう」
と言います。
リックは静かに
「うん」と、うなずきました。

  ~夕焼けの空の旅~

夕焼けの中、
サーヤが学校から帰ってきました。
「お帰りなさい、サーヤさん!
これから、あなたと弟のリックさんを、
夕焼けの空の旅にお連れします。
リックさんを呼んで来てくださいますか」
トムが言い出しました。
「まあ!夕焼けの空の旅ですって?」
サーヤには、よくわかりませんが
何となくステキな事のように思えました。
急いでリックの部屋に駆け上がり、大声で呼びました。
リックは気乗りしない様子で、
ぐずぐずと何やらつぶやいています。
でも、姉のサーヤの熱心な誘いに、ようやく腰を上げ・・
なんとかトムのいる部屋にやって来ました。

しかし、トムの赤い姿を見るなりクルっと
背を向けました。
その時、トムが優しい声で話しかけます。
「待ってください、リックさん!
今度は、きっと楽しい思い出となる空の旅に
してさしあげます。
私の背中に、乗っていただくのですから。」
その言葉を聞いてリックは安心し、
サーヤの後ろからトムに近づき、
ほんの少し微笑みをうかべます。

「さあ、どうぞ!二人で私の背中に、お乗り下さい!。」
トムの言葉に、サーヤは戸惑い、
テーブルの上の小さな赤い姿をみつめます。
リックは、というと物知り顔で
「触るだけでいいんだよ・・」とボソっと言いながら
さっさと進み出てトムの透ける羽にそっと触れました。
その瞬間、
リックの体はどんどん小さくなり
「ヨイショ!」
と、トムの赤い背中によじ登るのでした。
トムの背中に乗ったミニチュア・リックをようく見ると
小さな手を振ってサーヤに
「おいで!おいで!」と叫んでいるようです。
サーヤは、夢の中の出来事のような気がしていました。
「今日の朝から私は夢を見ているんだわ。
きっとその内、目が覚めるに違いないから
冒険しておこう!夢なら何にも怖くないわ」
と、トムの背に乗ろうとします。

トムに触れた瞬間、
部屋がものすごい速さで大きく広がっていきます。
周りのソファーや暖炉も恐ろしいくらい
大きくなります。
サーヤは自分の体が小さくなったと感じるより、
周りが突然巨大化したように思えたのでした。
そして、目の前の大きく固い岩のような
トムの真っ赤な背中におそるおそる、よじ登りました。
サーヤとリックの二人にとって、
トムの背中は鋼鉄のようにがっしりとしていて
安心感を与えるものでした。

「ふっふ、メリーゴーランドの赤い木馬に
乗ってる見たいだね!」
リックが目を輝かせてサーヤを振り返って言います。
リックの後ろで、背中のでこぼこにしっかり
しがみついているサーヤは
「う・・ううん。そうね・・」
答えるのがやっとでした。
トムが言います。
「掴まっていてください。出発します!。」
フワーッと、音もなく静かに優しく浮き上がりました!
広い広い窓から、
それはそれは大きな夕空に向かって!
小さな小さなトムと、もっと小さな背中の上のサーヤと
リックは飛び立ちました。

夕空は、茜色の世界です。
まだ地平線から顔を出している大きな夕陽が、
真っ赤な光で雲たちを染めています。
染まりきらない青い雲からピンク、オレンジ、
スカーレット、ワインレッド色です。
でも、やがて全部夕焼け一色です。
トムの透ける羽も光る赤に、キラキラと揺られるように
ゆっくり動きます。
サーヤは、うっとりと夕焼けの世界に酔っています。
「何とすてきなのでしょう!。」
胸が熱くなっていました。リックはというと
「ふうん、ふうん!」
と、夕焼け色の顔をして瞳を輝かせながら
ひとりでうなずいています。

真っ赤な夕焼けの中、
トムは音もなく円を描くように飛んでみたり、
雲と一緒にゆっくり流れるようにして風と遊びます。
そして、
少しずつ地平線に近づいていく夕陽を、追いかけます。

急に、サーヤが何かを思い出したかのように
背中の上からトムに話しかけます。
「トム!あなたが初雪の前に集められる、
茜曇の夕焼けの国ってここなのかしら?」
「私もまだわかりません。
でも、サーヤさんと同じように感じていました。
伝説の通りのような気がします。」
「もしそうなら、トム!あなたが永遠のとんぼとして
こんなすてきな所にいられるようになるなんて、
本当に良かった。うれしいわ」
サーヤは夢でもいいのです。
トムの幸せを、心から喜んでいたのです。

やがて、真っ赤な顔した夕陽はその顔を隠し、
細く残された赤い光の中で
トムの背の上のリックが言います。
「だんだん、暗くなるぞ。もう、帰ろうよ!。」
トムは、静かに降下していきます。

トムが部屋にスーッと沈黙のうちに着地し、
まずリックが勢いよくトムの背から滑るように
テーブルに足をつけると
『ドスン!』。
そして体はみるみる大きくなり、もと通りになります。

ついで、サーヤは、ゆっくりそっと足をつけると
広すぎた部屋がどんどん狭くなり、もと通りの部屋に
なっています。サーヤの体も戻りました。

二人が、小さなトムに注目すると
「いかがでしたか。夕焼けの旅は?」と尋ねました。
リックが目を輝かせて
「ありがとう、トム!ぼくは大人になったら虫とか
空とかを勉強して、きれいな地球を守るんだ!」
元気に答えます。
驚いたサーヤは、弟をみつめてうれしそうに
「リック!がんばってね!」
と励まします。
そして
「トム、ありがとう!これは夢なんかじゃないのね。
夕焼けはとってもすばらしかったし、弟も・・」
涙をぽろぽろこぼしました。
溢れる感動を、抑えられませんでした。
「喜んでいただいて・・よかった、よかった!
私は、明日、夕焼けの国に集められるでしょう。
初雪が近いので・・・」
トムは大きな眼をくるくる動かしながら
優しい声で語りました。
「えっ!もうお別れなの、トム?」
さみしそうに言うサーヤでした。
またしてもリックが物知り顔で
「雪が降ったら、飛べないんだ。しかたないんだよ。
サーヤ姉さん」
大人びた言い方をします。
弟の変わりぶりに、サーヤは思わず涙のまま
プッ!と吹き出しました。

  ~さようなら、トム~

翌日の夕暮れ、西の空はこれまでになかったほどの
美しい夕焼けです!

でも、雪がほんの少しチラチラと蝶々のように
舞っています。
何と初雪です!
窓からずっと外を見ていたサーヤは心配になりました。
『寒い、遅すぎたのでは・・』
メープルの木々も寒さに震えているように見えます。
同じように外を見ていたトムにサーヤが尋ねます。
「もし、もしも大雪になってしまい飛べなくなったら、
トム!どうなるの?」
何も答えずにトムは、窓の外を眺め続けています。

静まり返った部屋の中で聞こえてくるのは暖炉の
パチパチという音。
そして胸に迫るカチコチ!カチコチ!
部屋の時計が時を刻む音です。。
やがて、
じっと身動きせずに空を見上げていたトムが
「今です!私は行きます!
サーヤさん、また来年お会いしましょう!」
と羽を震わせます。
チラチラの初雪の中、西をめがけて夕焼け空へ
飛び込んでいきました。
その時、雪はからっと止んだのです。
何と言う事でしょう!
そしてトムの赤い姿が赤い夕焼けに溶け込んでしまい、
消えてしまいました。

「さようならー!トムー!また、来てねー!
来年まで待ってるわー!」
サーヤは思いっきり叫びました。

茜色に染まっている西空をみつめてサーヤは
トムに出会った時の事を思い出しました。
そして心から願いました。

『トム、あなたのような赤とんぼが
もっともっと増えれば、私達人間の愛情や同情心が
まだまだ溢れている証拠なのよね。来年はトムと
仲間の群れが、お空いっぱいにゆうゆうと飛んでいる。
そんな夕焼けが見れますように!!」